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音楽(その他)

2010年10月18日 (月)

魅惑の大衆演劇

 10/18月曜日、母とふたりで朝日劇場というところに行き、大衆演劇を観てきました。
 朝日劇場は通天閣のたもとにあります。

 大衆演劇とは何かといいますと、純和風のお芝居や歌や踊りのショーですわ。説明が難しいです。詳しく知りたい方がいらっしゃれば「劇団紀伊国屋」で検索してみてください。

 母がこの劇団の座長である澤村慎太郎さんにハマっており、この人の女形は素晴らしい、惚れ惚れするで!というのです。
 もともとは母の兄がこういうのが好きで、同窓会などの宴会の場で踊るための研究もかねて通っていたのですが、父の死後、母を連れて行くようになり、母は最初はあんまり興味なかったそうですが、数回通ううちにハマっていったようです。
 
 この間は憧れの座長さんと握手ができたと言って喜んでおりました。ファンとしてはまだまだ駆け出しの母ですが、楽しみが見つかってよかったです。

 ホンマになんも考えんと楽しめるで。クラシックみたいに高尚じゃないからアンタはどう思うかわからんけど・・・と自分から誘っておいてなんとも気弱な母。
 別にクラシックが高尚だなんて思ったことないけどな。近藤さんのに行くのだってホンマになんも考えんと行ってるし。楽しいから好き、好きだから観に行く。他に理由なぞなくてもいいと思うけどな。

 初の大衆演劇観覧。
 1500円(前売り価格)で3時間15分、歌と踊りと芝居をあますところなく観られます。役者さんたちは男になったり女になったりチンピラになったりセクシーになったりひとりで何役もこなしてました。
 観客は私が最年少かと思われましたが、途中から、私より若そうなのがひとり入ってきました。チェッ!

 母が惚れている座長の澤村慎太郎さん、確かにキレイでした。テレサテンの「悲しい予感」にあわせて踊った時の色っぽさと美しさ、素人な私でもはっとするほど!立ち居振る舞いはもちろんのこと、目線の動かし方とか唇のゆるっとした感じとか・・・うまく言えんけど、とにかくツヤツヤ。いやあこれには驚いた。
 衣裳も魅惑的でした。着物と洋ドレスの中間のような緑色のふわふわっとした衣裳。私、歌舞伎は何度か観に行ったことあるんだけど、女形の役者さんを見ても今までなんとも思わなかったけど、慎太郎さんはとにかくキレイでした。これは母が夢中になるのもわかります。

 コアなファンの方々は最前列や通路側に陣取り、お気に入りの役者さんにはおひねり(万札や金一封の封筒)を胸元に差し入れたりしていました。

 最後は役者さんたちがお見送りをしてくれます。
 母は慎太郎さんにあんなに憧れているというのに話をしたことがないというのです。そういうときは私の出番!ただ最近はだいぶカンが鈍っているんですが(笑)。

 好きなのに、喋ってみたいのになんで喋らないのかと聞くと、「このおばちゃん誰や?」と思われるのがイヤなんだそうです。私なんて2年以上『あんた誰や?』と思われ続けていましたがね。

 取り巻きが数人いらしたので、とりあえずその人たちが去るまで待つ。
 「あんた・・・なに待ってんの?」と、おどおどする母。
 喋ったことないて言うから喋ろうと思ってんねん。
 えー!喋らんでええわ、帰ろうや・・・

 と、言ってる間に取り巻きの方が帰ったので、
「母に連れられて初めて来ました。とっても楽しかったです。きれいでした」
 と、フツーに取り掛かったあとで、
「去年父が亡くなって・・・母がすっかりしょげてたんですけど、慎太郎さんのお芝居に来さしてもらうようになってから元気になって活き活きしてきたんです、ありがとうございます。また来さしてもらいますんでよろしくお願いします」
「そうですか、それはよかった!また来てくださいね」と言ってもらいました。

 まあまあ最初はこんな感じで上出来やろscissors

 親孝行したわなあと思っていたのに母は・・・
「あんたあんなにベラベラ喋って・・・次、恥ずかしくてよう行かれへんわ・・・」
「そんなに喋ってへんやん、ちょっとだけやろ」
「父が死んでどーのこーのとか、いっぱい喋ってたやん、次どうしよう、恥ずかしわ・・・」
「1回喋ったくらいではどうせ覚えてへんて」
「いや、結構覚えてるで、お客さんのこと」
「じゃあよかったやん、覚えてもらって」

 ということで。今は恥ずかしいとかなんとか言っているけど、母は必ずやまた行くでしょう。それも近いうちに。

 次はデジカメ持っていこ。
 写真をゲットしたら次はその写真を持って行ってサインをねだる、やなrock

 帰りは串カツ食べて帰りました。昼間に飲むビールは最高。

20101018104721_2

2008年4月 9日 (水)

母校定演

ribbon 高槻北高校吹奏楽部 第20回定期演奏会 ribbon

(第1部)
 THE SEVENTH NIGHT OF JULY  ~TANABATA~  / 酒井 格
 イギリス民謡による行進曲  / 高橋 宏樹
 組曲 「宇宙戦艦ヤマト」 / 宮川 泰

(第2部)
 Nステ 北高定演20周年

(第3部)
 オペラ座の怪人 / アンドリュー・ロイド・ウェバー
 イーストコーストの風景 / ナイジェル・ヘス
  第1楽章 Shelter Island
  第2楽章 The Catskills
  第3楽章 New York

 2008年4月2日(水) 18時30分開演 高槻現代劇場・中ホール

 久しぶりに母校の定期演奏会に行ってきました。もう20回目だそうです・・・。
 私が在学していた頃はこんなふうに単独で演奏会はしていなくて、近所の高校2校とともに「三校合同演奏会」をやっておりました。時期は3月の末だったかな。ホールは大ホール(中ホールができたのは最近だし)でした。

 1部と2部は現役高校生の演奏、3部はOBも交えての演奏。
 どちらもなかなかの腕前でした。1部の「たなばた」という曲はホントうまかったな。やるやん、現役!
 部員数は1年生から3年生あわせて45人くらい。3年生はすでに卒業してることになるから全員出てるのかどうかわかりませんが、受験勉強と部活を両立させるのって大変だっただろうな。私たちの頃は2年で引退だったので3年生の時はまるまる受験に費やすことができたし、部員も多いときで全員で90人近くいたからなー。少子化、深刻ですね・・・昔やっていた三校合同演奏会も今や他の二校はなくなってしまったし・・・coldsweats02 このままいくと北高もなくなっちゃうかも?母校がなくなるってのは本当に寂しいだろな、ホンマ心底寂しいでー。なんとか残ってほしいなあ。 

 第2部ではモーニング娘のメドレーとかドラゴンボールとかアニメのメドレーなどをバックに数人が歌って踊って。確か数年前は男子部員がゼロになってしまったとか聞いたような気がするけど、今は何人か入ったみたいです。よかったねえー。happy01
 それにしても若いっていいですねえ。私たちのときはこういうことをやった記憶が全然なくて、音大に行った先輩の指揮のもと、難しい曲を眉間にシワを寄せながら必死に演奏していたっけな。それはそれで充実していたし、音楽に対する視野も広がったのでよい経験でしたが、歌ったり踊ったりの演奏会も楽しそうだな、あの頃の私たちもそういう自由が与えられていたらどういうふうな演奏会になってただろ・・・なんていろいろ考えてました。でもこういうのって衣裳から振り付けから全部自分たちで決めないといけないし、大変だろうなぁ。
 
 後輩とはいえ、もはや親子ほどの歳の差にもなると親近感というものが湧かず、演奏会を聴いていても懐かしさとか湧いてこず、不思議な感じです。
 でも同期の友達と集まれるのは嬉しいし、そういう機会を与えてくれる演奏会・母校が今も存在し続けていることには感謝感謝です。